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キリスト教の絵画で有名なイタリア画家の美術作品を紹介

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初期ルネサンスの画家「フラ・アンジェリコ」は敬虔な聖職者、その作品解説
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初期ルネサンス期に活躍したイタリアの画家「フラ・アンジェリコ」。生涯を通して聖職者であったフラ・アンジェリコは、教会の職務をこなしながら画家としても活躍した人物です。フラ・アンジェリコの残した作品にはゴシック様式の特徴を残しながらも、初期ルネサンスの遠近法や写実主義などを取り入れた2つの特徴が混在しています。代表作を中心に解説していきます。

「天使のような修道士」フラ・アンジェリコ

フラ・アンジェリコの肖像画

「フラ・アンジェリコ(Fra Angelico)」は初期ルネサンスに活躍したイタリアの画家です。1390年代(正確な年不明)に、フィレンツェ北部のフィエーゾレで生まれました。本名はグイ-ド・ディ・ピエトロ。現在、画家として知られている名前「フラ・アンジェリコ」のフラとは修道士を、アンジェリコは「天使のような人物」を意味します。大変穏やかで謙虚な性格の持ち主だったため、このような名前が与えられたと言われています。

「画家・彫刻家・建築家列伝」の著者であり彼自身も画家であったジョルジョ・ヴォザーリは、自身の本の中で、次のように述べています。

この修道士をいくら褒め称えても褒めすぎるということはない。あらゆる言動において謙虚で温和な人物であり、描く絵画は才能にあふれており信心深い敬虔な作品ばかりだった。

キリスト教への信仰心の深かったフラ・アンジェリコは、1417年、カルメル修道会の信心会に入会。すでにこの頃から画家としての才能を発揮していましたが、初期の頃は、主に装飾写本の絵画を描いていました。やがて修道会で、重要な役職にも着くようになり、その頃からフラ・アンジェリコの作品は広く知られるようになっていきました。

現存する最初の作品はドミニコ修道院の祭壇画

天の宮で栄光を受けたキリスト
「天の宮で栄光を受けたキリスト」

フラ・アンジェリコが最初に手掛けた作品はフィレンツェのカルトゥジオ修道会の祭壇画だと言われていますが、この作品は残っていません。現存する初期の作品としては、1428~1430年にかけて制作したフィエーゾレのドミニコ修道院の祭壇画があります。この修道院はフラ・アンジェリコ自身が修道していた場所です。祭壇画は複数のパネルで構成。その内の中心の一つが「天の宮で栄光を受けたキリスト」。そしてその両脇に「聖母マリア、使徒とその他の聖者」と「キリストの第一崇拝者、聖者と殉教者」のパネルが並びます。この祭壇画は現在、ロンドンの国立美術館に所蔵されています。

2つの作品があるフラ・アンジェリコの「最後の審判」

フラ・アンジェリコの「最後の審判」
もう一つこの時期に描かれたフラ・アンジェリコの作品で残っているのが「最後の審判」(1431年)。「最後の審判」は、フラ・アンジェリコの他にもジョット・ディ・ボンドーネやミケランジェロが制作しています。それほど、聖書では有名な場面。フラ・アンジェリコのこの作品は、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・アンジェリ聖堂からの依頼で制作したものです。「最後の審判」では、まだ伝統的な手法が使われ、初期ルネサンス的な特徴は現れていません。

フラ・アンジェリコのもう一つの「最後の審判」(1450年制作)

フラ・アンジェリコのもう一つの「最後の審判」は1450年制作の作品。こちらの作品は最初の「最後の審判」から約20年ほどたってから描かれたもの。画像を見る限り、最初のものとはかなり異なり、より現実味を帯びた描き方がされています。遠近法が取り入れられ、キリストを初め登場する人物の様子がリアルに描かれた初期ルネサンスらしい作品になっています。ベルリンの絵画館所蔵。

初期ルネサンスの特徴が鮮明に表現された「受胎告知」

受胎告知""
時代が少し前後しますが、フラ・アンジェリコは1436年にフィレンツェのサン・マルコ修道院に移り、そこで1445年まで活躍することになります。フィレンツェのこの時期は、まさに初期ルネサンスが開花した時期。フラアンジェリコはここで、同時代の芸術家の影響を大いに受け、自身の才能を最大限に発揮していきます。また、パトロンとしてメディチ家の後援を得たことにより、経済的な心配をすることなく絵画の制作に集中することができました。メディチ家からは複数の作品の依頼がありましたが、その中でもよく知られているのが「受胎告知」。受胎告知は、フィレンツェのサン・マルコ修道院の廊下の壁に描かれています。

受胎告知の作品はフラ・アンジェリコの作品の中でも特に初期ルネサンスの特徴が良く現れている作品です。絵の内容は新約聖書に出てくる一場面。結婚を控えた聖母マリアのもとに、大天使ガブリエルが現れ、聖母マリアが神の子を受胎していることを告げるというものです。この場面では聖母マリアが手を体の前で組んでいます。これは受胎告知を受け入れる謙遜な姿勢を表したもので、この聖母マリアの姿を「謙譲の聖母」と呼びます。受胎告知では初期ルネサンスの最も顕著な特徴である遠近法が使われています。それが良く分かるのが建物の奥行きです。建物の一番奥に小さな窓がありますが、鑑賞者の視線がその窓に向かって進むように構成されています。また大天使ガブリエルの羽は実際の鳥の羽をモデルにして描いたものだと言われています。それまでの伝統的なパターン化した描き方とは違って、写実的な表現がされている点が初期ルネサンスの特徴でもあります。

「マエスタ」では聖人も人間的に表現

マエスタ

フラ・アンジェリコの作品の中で初期ルネサンスの特徴を表すもう一つの作品に1439年に制作された「マエスタ」があります。マエスタは「荘厳の聖母」を意味します。マエスタもサン・マルコ修道院のために描かれた作品。幼いキリストを膝に乗せた聖母マリアが複数の聖人に囲まれている場面を描いたもの。聖母マリアは、優雅に椅子に腰かけ、穏やかな表情で子供であるキリストを抱いています。この部分の描き方は伝統的な手法と同じですが、成人の描き方に違いが見られます。それまでの伝統的な描き方では、こうした聖人たちは宙に浮いた状態に描かれていますが、フラ・アンジェリコの作品では、地に足を降ろしています。しかも聖人たちの顔の表情が、あたかも人間を思わせるような自然な表情で表現され、談笑しながら聖母マリアの栄光を祝福しているように見える点が、伝統的な描き方とは大きく異なっています。フラ・アンジェリコの「マエスタ」に見られるこうした構図や表現方法は「聖会話」と呼ばれるようになり、その後一つの絵画形式として受け継がれていくことになります。

教皇に招致されバチカンへ

聖ラウレンティウスを助祭に任ずる聖ペトロ
「聖ラウレンティウスを助祭に任ずる聖ペトロ」

1445年になるとフラ・アンジェリコは、ローマ教皇エウゲニウス4世に招致されバチカンに行くことになります。この時、フラ・アンジェリコは、教皇からフィレンツェの大司教の地位を授与されたと言われていますがこの真相は分かっていません。

1447年から49年にかけて、フラ・アンジェリコはバチカン宮殿のニッコリーネ礼拝堂のフレスコ画の制作に着手します。このフレスコ画は殉教者聖ラウレンティウスと聖ステファノの生涯を描いたもので複数の部分に分けられて制作されています。その中の一つ「聖ラウレンティウスを助祭に任ずる聖ペトロ」を例に取ると、ここでも遠近法が採用され、殉教者や聖職者の顔の表情や身に着けた衣服など自然な形で表現されていることがわかります。

豪華絢爛な祭壇画「聖母戴冠」

聖母戴冠
「聖母戴冠」はフラ・アンジェリコが1434~1435年にかけて制作した作品です。現在フィレンツェのウフィッツィ美術館に展示されています。金箔、ピスラズリ(天空の青色に使われた顔料)、バーミリオン(朱色の顔料)を使った豪華絢爛な祭壇画です。この絵画には金箔、頭上の後光、衣服の縁取りなどのゴシック様式の特徴が見られますが、同時に、3次元的であり、衣服のひだが自然に表現されている点など、初期ルネサンスの特徴も見られます。フラ・アンジェリコが伝統的な手法から、さらに一歩進んだ初期ルネサンスの絵画の世界に移行していく過程を示しています。

フラ・アンジェリコの作品にまつわるエピソード

フラ・アンジェリコは1439年にサン・マルコ修道院のために8つのパネルで構成された多翼祭壇画(多翼とは4つ以上のパネルの意味)を制作しましたが、その内の2枚が、ナポレオン侵攻の際に行方不明になってしまいました。ところが近年になり、この2作が発見されたのです。実は1960年代にもその所在が分かっていたのですが、当時は偽物と判断され注目されませんでした。そして2005年、イギリスのブリストル大学のマイケル・リヴァシッジがフラ・アンジェリコの作品であると鑑定し、2006年、正式に認識されたのです。この2つの絵画は、現在サン・マルコ修道院に付随した美術館に展示されています。では残りの6枚はどうなったのでしょう。こちらは、ドイツとアメリカの美術館に所蔵されているとのことです。(美術館名不明)

まとめ

「キリストに関する絵画を描くのであれば、常にキリストとともに過ごさなければならない」という言葉を残したフラ・アンジェリコは、画家でありながら同時に敬虔な聖職者でもありました。フラ・アンジェリコの作品には彼のそうした真摯な心がそのまま表現されています。と同時に、絵画においては、それまでのゴシック様式から脱皮して初期ルネサンスの特徴である遠近法や写実技法を取り入れるなど後進にも大きな影響を与えました。

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