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アールヌーヴォー美術の代表絵画を紹介

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ミュシャの代表作、四季・椿姫を解説【これだけ知っておくと通に見える】
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アルフォンス・ミュシャは19世紀ヨーロッパのアール・ヌーヴォーを代表するグラフィック・デザイナー、およびアーティスト。「ミュシャ・スタイル」という独自の画風を築き上げたそのポスターデザインや絵画は、時代を超えて今なお世界中で絶頂の人気を誇り、もちろん日本でもイラストレーターの先駆けとして高く評価されています。

そんなミュシャ展は、実は毎年日本で開催されているくらいポピュラーなものですが、まだよくミュシャのことをご存知ない方であればミュシャのいくつかの代表作を知っておくとより楽しめるはず。

ミュシャはハムレットや作品の中でも、「黄道十二宮」「ジズモンダ」「ハムレット」などポスターやパネル画として有名なものは様々あるのですが、その中でも『四季』『椿姫』はファンとして必ず知っておくべきもの。今回、そのミュシャの代表作『四季』『椿姫』二作を詳しく解説していきます。

【四季、椿姫の他もたくさん】ミュシャの代表作を紹介

ミュシャが手がけた多くのグラフィック・アートや絵画の中でも、以下の作品は代表作として知られています。

  • スラヴィア
  • 夢想
  • ジスモンダ
  • 四季
  • 椿姫

《四季》と《椿姫》については後ほど詳しく解説しますが、まずは『スラヴィア』『夢想』『ジスモンダ』について紐解いてみましょう。

チェコの「女神」《スラヴィア》

スラヴィア
《スラヴィア/Slavia》は1908年、ミュシャがアメリカに渡ってから描かれた、カンヴァスに油彩の絵画。ミュシャのパトロンであるアメリカ外交官のチャールズ・クレインの娘ジョゼフィンをモデルにした肖像画で、現在はプラハ美術館が所蔵しています。

「スラヴィア」は、ミュシャが掲げるスラヴの理想像を擬人化した女神像であるといわれます。右下、女性の足元にある闇色の鷲はオーストリアのハプスブルグ家の支配を象徴し、膝に置かれた剣はチェコに害なす敵と戦うためのもの。この絵画は、オーストリアの支配に屈しないという強い意識を、いくつもの象徴的な図像とともに描いた寓意画でもあります。

この絵画は、ミュシャが手がけた「スラヴィア保険会社」のポスターと同じ構図で描かれています。ミュシャの画家としての一面、そしてスラヴ民族への想いを垣間見ることのできる作品です。

ミュシャ・スタイルの現れる《夢想》

夢想
リアリスティックな女性像に草花の装飾デザインをあしらった、アール・ヌーヴォーの魅力あふれる作品《夢想/Reverie》。草花のデザインを中心から円形にあしらった、雑誌や本の挿絵やカレンダーのために制作されたイラストレーションに表れるミュシャ・スタイルを堪能できる作品です。

1897年に描かれたこのグラフィック・アートは、リトグラフという版画の手法で制作されたもの。印刷業者の依頼により制作されたこのポスターは、雑誌「ラ・プリュム」が発行されるやいなや人気を集め、装飾パネルとして一般発売されたもの。

現在でもこの《夢想》はミュシャ作品の中でも人気が高く、印刷したものを額装して売られています。ミュシャのファンは、スマホの壁紙としても持っているなの作品ではないでしょうか。

ミュシャの人気を確立した《ジスモンダ》

ジスモンダ
1894年に制作されたこの作品は、舞台女優サラ・ベルナールが演じた戯曲《ジスモンダ》のポスターです。当時のフランスで最も有名な劇作家サルドゥーが手がけたこの演劇のポスターは、本来ほかのグラフィックデザイナーが手がける予定でしたが、急遽コンタクトが取れなくなったそのデザイナーの代打としてミュシャが抜擢されたことにより制作されたもの。

画面には、平面的なステージ上に立つ女性・ジスモンダが、キリストの永遠の命を意味するシュロの葉を右手に掲げています。絵画技法や図像学などの学びに貪欲であったミュシャが手がけた、このキリスト教を題材とした演劇の寓意に満ちた美しいグラフィック・アートは、女優サラ・ベルナールも絶賛。

文字通り一夜にして、当時無名であったミュシャの実力をパリ中に知らしめたこのポスター《ジスモンダ》は、ミュシャの出世作として生涯のなかでも重要な作品のひとつに数えられます。

ミュシャの初めての装飾パネル画”四季”を解説

ミュシャの連作である装飾パネル画《四季》について紐解いていきましょう。

ミュシャは同じ「四季」という題材のリトグラフ作品を何作か手がけています。1896年、1897年、1900年に、それぞれ《春》《夏》《秋》《冬》からなる作品を、それぞれの季節の植物を擬人化したような女性像として表現しました。

はじめてミュシャが《四季》の題材を手がけたのは1896年の事。この第1作目が最も色彩に富み、人気のある連作品でもあります。出版元の編集者レオン・デシャンと印刷業社のシャンプノワの依頼により制作され手がけたこの連作は、当時すでにミュシャが『ジスモンダ』によってその名を知られていたとはいえ、春夏秋冬4枚セットで40フラン(19世紀当時のパリのフラン-円換算で4〜50,000円)という破格で販売されていました。
ミュシャ・1896年四季
とはいえ、当時から現代まで不動の人気を誇る、ミュシャを代表するシリーズ作品のひとつとして知られています。商業ポスターで人気を得たミュシャに依頼された装飾パネルの連作であり、《四季》はこれ以降も手がけるミュシャ定番のタイトルとなります。

1896年に描かれた《四季》のなか、《春》は清廉な白い花冠を身につけた、若々しく、躍動感のある女性が梢でできたハープを奏で、小鳥がその音色に集まっているという構図の「無垢」を表したもの。ギリシャ・ローマ時代からの伝統的な「コントラポスト」とよばれるS字のカーブを描いたポーズをとり、金色の髪を豊かになびかせるその女性像はボッティチェリの《ヴィーナス》を思わせます。

《夏》は赤い葵の花冠をつけた女性が水辺に足を遊ばせ、アイビーの蔦の絡む小木に寄りかかり扇情的にこちらを見つめている「情熱」、《秋》は白菊の冠を被ったふくよかな女性が葡萄を収穫している構図で「実り」を表し、《冬》は頭から氷河の色の布をまとい、霜の降りた柳の木に小鳥とともに暖をとる「降霜」をそれぞれ表現しています。

古典とモダンデザインを織り合わせ、アール・ヌーヴォー様式を切り開いたミュシャの代表作である《四季》。この2作目は、1作目に続いて翌年の1897年に制作されます。色彩に富んだ1作目と比べると落ち着いたトーンで構成されており、全体的にセピアカラーの印象。
ミュシャ・1897年四季
しかし、登場している女性像は1作目に一貫しており、いわゆるマイナーチェンジといった描かれかたをしています。《春》は金髪たなびく女性は鳥の巣の卵を見つけ、生命の息吹に胸をときめかせ、《夏》は大輪のヒマワリを背景に艶やかなポーズの女性が扇情的にこちらを見つめ、《秋》は果物を抱えた健康的な女性が、《冬》は雪原に布を被った女性が小鳥たちと佇み、春の訪れを待ちわびているかのよう。

また、この《四季》の1作目と2作目の決定的な違いは、その装飾性にあります。絵画的な印象の1作目より、2作目には「ミュシャ・スタイル」といわれた草花モチーフの平面デザインが、主に女性像の上部にあしらわれています。1作目では季節を象徴する草花が妖精のような女性像の花冠として描かれていたのが、2作目ではアーチ状の装飾として表れています。

そして1900年に制作された《四季》のシリーズの3作目は、2作目までの構図と大きく異なっています。これまで大胆なコントラポストをとったり、座りポーズを取り入れたカーブを描くポーズの女性像ではなく、春夏秋冬のすべての女性が立像として描かれています。また、「ミュシャ・スタイル」の完成として、その画面をフレーム状の装飾が囲っていることも特徴的。
ミュシャ・1900年四季
また、それぞれが季節を限定せず、冬〜春、夏〜秋の植物を同時に画面上に配置し、季節をまたいだ表現が見られるのもこの3作目の特徴です。そして、すべての季節を通して若々しい女性像より、成熟した女性像が描かれています。

3作目の《四季》では、《春》は女性像の足元の草の上にまだ降雪の跡がのこり、雪解けの野原を春の草花を束ねた花束を持った女性がこちらをまっすぐと見据えているもの。大きなコントラポストではありませんが、その衣服の装飾性をもって、軽やかかつ優美なS字のラインを描いています。

《夏》はゆったりとしたドレスのはだけた女性がこちらを振り返りみつめています。両腕にはあふれるほどのケシの花や白菊など、初秋の花を抱え、足元の穂を固く閉じたススキの野原をかき分けて進んでいるよう。《秋》はチェコの伝統衣装に見られるようなリボンをあしらった衣装に包まれた女性が、秋の収穫物を片手にゆったりと構えていますが、植物よりも布地や紐、宝石などの装飾が目立ちます。

この1900年に手がけられた《秋》は、《四季》シリーズの中でもっとも植物の描写の少ないものと言えるでしょう。画面に見られる植物は、フレームの装飾を除くと果実のみです。そして、《冬》はシリーズ通して布をまとった女性が描かれており、1900年も一貫して女性は白い布を被っていますが、これまであった小鳥たちが見えません。草木に降り積もった雪の有機的なラインが特徴的。

この1900年の《四季》がシリーズの中で一番シンプルな構図で、2作目までと異なって女性の髪はまとめられており、植物の曲線美と、ビザンチン様式風の直線的な装飾、そして布地の陰影や、女性の体のシルエットが特に美しい連作となっています。

舞台”椿姫”のために書かれたリトグラフ

ミュシャのグラフィック・アーティストとしての名をパリ中に知らしめた『ジスモンダ』のポスターのモデルである舞台女優、サラ・ベルナールは、その後もミュシャにポスター制作を依頼します。

そのカラー・リトグラフのポスター、そしてベルナールのマネジメントと商戦の才能は、ベルナールの女優としての功績とミュシャのイラストレーターとしての功績をたしかに広める手助け、両名の名を高めました。ベルナールはミュシャの良き友となり、アメリカへ移住することも進めたのもその彼女です。

ミュシャはベルナールの舞台のポスターをはじめ、舞台美術そして衣装やジュエリーデザインも手がけます。1896年に制作された《椿姫》のポスターに描かれたベルナールが纏う衣装も、ミュシャがデザインしたもの。

「椿姫」は、1848年にフランスで出版されたアレクサンドル・デュマ・フィスが実体験を基に書かれた長編小説で、1853年にはジュゼッペ・ヴェルディがオペラを発表しています。椿を身につけていたことから「椿姫」と呼ばれた高級娼婦のマルグリットをめぐる、パリの裏社交界を描いた作品で、サラ・ベルナールはこれを舞台として彼女の独自の解釈により1896年に再演します。

ポスターの中には白い椿が描かれ、マルグリットの悲恋、そして純愛を示しています。髪飾りの生花はいずれ枯れてしまう一方、地から立ち上がる左下の椿は生命力に満ち、マルグリットとアルマンの純愛を表します。

このポスターをベルナールはまたも絶賛し、アメリカ公演のポスターにも使用しました。アメリカ公演のポスターでは、描かれた椿をより愛の象徴としてわかりやすくするために、白ではなく赤い椿で描かれます。
ミュシャ・アメリカ公演ポスター
ミュシャがデザインした《椿姫》の衣装はパリのファッション・デザイン界でも話題となりました。このポスターでは、その白い布のゆったりとした衣装をまとったベルナール扮するマルグリットが、優雅かつ威厳に満ちた立ち姿、そして伏せた目線でパリの裏社交界の華として、美しさだけではなく教養や知性を持ち合わせる高級娼婦としてのマルグリットの気高さを表現しています。

そして雲形定規のような形の背景装飾の曲線は「ミュシャ・スタイル」を感じさせ、「LA DAME AUX CAMELIAS」のタイトルにみられるレタリングも、画中の優美さと相まったミュシャ独特のもの。

《椿姫》のポスター画も、ミュシャとベルナールの交友から生まれたポスターとして、人気の高い作品。原作者のデュマ(小デュマ)も「最高の女優」と認めるベルナールを描いたこのポスターは、現在ミュシャ美術館に所蔵されています。

まとめ

アルフォンス・ミュシャは、1894年に《ジスモンダ》をもって有名になるまで、その高い実力に見合わず不遇な人生を送ってきたアーティストです。しかし、その貧しかった時代に、女優のサラ・ベルナールや印象派、ポスト印象派に数えられる数多くの芸術家と出会うことで、ミュシャのアール・ヌーヴォー様式はより磨かれたといえるでしょう。

その類稀なるデザインの技巧、そして絵画に現れる寓意から見て取れる古典絵画の知識から、アール・ヌーヴォーをこれほど様式として高められらのは、常に勉強熱心であったミュシャをおいて出来ないことといえます。

19世紀末に革新的であったデザイン画は、今なお初めてミュシャの絵を見る人にとっても感動を覚えるもの。これからミュシャ展が開催される時も、ミュシャがどんなアーティストであったかということ、そしてその作品の背景などを知ることで、より作品鑑賞も充実したものとなるでしょう。

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