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日本の美術界で有名な現代芸術家の版画などを解説

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「人間」を見つめる彫刻家・舟越桂の作品
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舟越桂は、日本を代表する彫刻家。その作品には父親である彫刻家、舟越保武の作品の面影を持ちつつ、現代の造形感覚により手がけられ、遠くを見つめるように佇む彫刻は神秘的、日本人をはじめとして人気を誇っています。

今回、舟越桂の経歴や作品紹介、また著書や画集などの関連書籍を紹介。舟越桂というアーティストの魅力について迫りましょう。

舟越桂という作家

肖像彫刻の優美な佇まいからアート界の内外から支持される、現代日本の彫刻家、舟越桂(ふなこし かつら)。1951年に岩手県盛岡市にて、近代の日本を代表する「巨匠」である彫刻家の舟越保武の次男として生まれました。

父・保武の彫刻作品に触れながら育ち、自然と舟越桂自身も幼少期から彫刻家になることを志したといいます。1975年に東京造形大学の彫刻学科を卒業したのち、東京藝術大学の大学院にて彫刻を専攻し、日本国内にて美術を学びました。

舟越桂は1982年に東京のギャラリー・オカベで初個展をし、85年以降は同じく東京の西村画廊の作家として中心的に活動をします。そして1986年から文化庁芸術家在外研究員としてロンドンに滞在し、帰国後には西村画廊で凱旋展を行います。このロンドン滞在をきっかけに舟越桂は海外にも作品発表の場を広げ、1988年ヴェネツィア・ビエンナーレや1992年のドクメンタ9など、国際的なアートシーンにおいて日本を代表する作家として出展しました。

以降、国内にて平櫛田中賞や毎日芸術賞など数多くの賞を受賞し、現在は作家活動のかたわらで東京造形大学の客員教授としても教鞭を執っています。

また、2015年から2016年にかけて、兵庫県立美術館、群馬県立館林美術館、三重県立美術館、新潟市美術館を巡回する展覧会「舟越桂 私の中のスフィンクス」は全国規模で展開された個展として人気を博しました。

父親の彫刻家、舟越保武

舟越桂の父・舟越保武は敬虔なカトリック信者であり、舟越桂自身も幼児洗礼を受け、学生時代の作品にはキリスト教の精神が見て取れます。しかし、自身の作品制作の試行錯誤と現代美術の傾向とのはざまで舟越桂はキリスト教から脱却し、楠の肖像に大理石の眼球を嵌め込むという独自のスタイルを確立しました。

舟越桂の彫刻を始めとしドローイングや版画作品の人物描写は特に、その佇まいから父・舟越保武の作品の面影を思わせます。

舟越保武は日本近代彫刻の父と呼ばれる佐藤忠良と並んで日本の美術界に貢献した人物であり、ブロンズや大理石彫刻の西洋彫刻をベースとし、キリスト教に基づいた宗教性を孕んだ彫刻で知られています。西洋彫刻の様相を日本に取り込み独自に「日本人らしい」ブロンズ彫刻を築き上げた佐藤忠良とは対照的に、西洋的な容姿の優美で儚げな人物描写が特徴です。

また舟越保武の著書『巨岩と花びら』は、彫刻家としての思考と謙虚な言葉で語られる穏やかなエッセイとして高く評価され、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しました。

舟越桂はそのクリスチャンの家庭環境から日本の仏教彫刻などには馴染みがなく、宗教精神として父、舟越保武のドローイングやデッサンがオリジナリティの拠り所であると語ります。舟越桂が舟越保武の影響を受けたことは自然発生的なことであり、舟越桂は「ポスト」として舟越保武の彫刻を受け継ぐ存在であると共に、独自の造形性を打ち出し、舟越桂自身の作品世界を展開しています。

舟越桂の作品

舟越桂の作品は木を素材とした木彫作品ですが、特に楠(クスノキ)の木材を好んで使用します。木彫の道具である鑿で彫り進む硬さや感触、質感から楠との出会いを運命的であると語っており、現在、舟越桂の作品を代表する胸像のスタイルは、1980年に制作した自身の妻の肖像が最初でした。

舟越保武の影響は多大なものでしたが、イヴ・クラインを始めとした海外の現代作家の制作に対する姿勢や作品、また武者小路実篤の「君は君、我は我、されど仲良き」などの様々な言葉により、少しずつ解放されていったと語っています。

1980年以降から現在にかけて上半身から上の肖像彫刻のスタイルを貫き、2005年から「スフィンクス」のシリーズを手がける舟越桂の作品について、具体的に紐解いていきます。

彫刻作品

舟越桂の彫刻作品は、1980年代に確立された胸像以降、大きく三期に分けることができます。それぞれの傾向に当てはまる作品を追っていきましょう。

《青いガラスの夜》

船越桂の作品・青いガラスの夜
この作品は1990年に制作されたもの。聖歌隊のような服装に身を包み、うつむいた表情の胸像で、舟越保武の彫刻作品のような静謐な空気を持ちつつ、楠に着彩を施した温度のあるような木彫になっています。

舟越桂の胸像は、くり抜いて空洞にした楠の内部から大理石の眼球がはめ込まれており、人肌のような木の表情と硬質で艶のある瞳との対比で、よりリアリティのある生っぽい雰囲気を醸し出しているのが特徴。その大理石は当初、舟越保武のアトリエにあった大理石の破片であったとか。

肖像の視線は鑑賞者とまっすぐ噛み合うことはなく、どこか遠くを見つめている、あるいは夢想しているような佇まいで、肖像として人物の特徴を捉えることよりも抽象的な「人間像」を作り出しています。

《遅い振り子》

1990年代から2000年にかけて、舟越桂の胸像に変化が見えはじめます。静けさをたたえた顔の表情は変わらず、頭部の造形に独特な特徴が現れ、また胴体を山に見立てるなど様々な工夫が施されるようになりました。

この《遅い振り子》は鉄を組み合わせて胴体に取り付けられた腕が人体としてはありえない位置にあり、コラージュ的な様相が伺えます。

「スフィンクス」シリーズ

2003年から動物と人間が混合した作品が見えはじめますが、舟越桂は2005年から現在に続いてエジプト神話に登場する「スフィンクス」をテーマとしたシリーズを開拓します。

異形の人型を制作することで、舟越桂は「人間とは何か」という深層のテーマの追求をより深めます。スフィンクスのテーマから西洋彫刻の基礎である裸婦像に回帰しつつ、色彩や造形性は人体の平均的なバランスを離れ、シュルレアリスム的な具象彫刻に変化させました。

また、代表作の《戦争をみるスフィンクス》というタイトルの一連の作品の中には、これまでの静かな表情の作品とは一線を画する嫌悪を浮かべたような明確な感情表現があり、戦争に対し意味を持たせたものも。木製の胸像彫刻をベースとして、作品の展開は広がりをみせています。

版画、ドローイング

舟越桂の版画や素描などのドローイング作品は展覧会に展示されるほか、日本の最大手のオンラインギャラリーであるタグボートにて販売されており、いつでも購入することができます。

これらの平面作品は彫刻作品と並行して制作されてきたこともあり、彫刻作品の習作としてもみることができます。しかしドローイングや素描もそれ自体が作品として独立しており、2019年には東京のアンドーギャラリーではドローイング11点のみが展示されました。

《砂漠のスフィンクス》

この2005年制作の《砂漠の中のスフィンクス》は、舟越桂の彫刻「スフィンクス」シリーズと関連した版画作品。エッチングの技法を用いた銅版画で、タグボートで購入できる作品のひとつです。

「スフィンクス」シリーズの肖像は女性の体ですが、スフィンクスとは雌雄同体の存在であり、そのためかこの絵のスフィンクスの表情は男性的にみえます。こちらを見下ろすような構図でも、彫刻作品と同じように目線が交わることはありません。

《建物から遠く》

1993年制作のリトグラフの作品《建物から遠く》は、80年代の舟越桂の彫刻作品との関連が見てとれます。2005年以降のスフィンクスシリーズとは異なり、変形されていないスタンダードな人物像であり、舟越桂の初期の作品の特徴といえるでしょう。

現在、舟越桂のドローイングや版画の作品は白黒のものが多く、インクの物質性と彫刻との関連が考察されます。

この版画作品は2019年現在、ギャラリー石榴にて購入可能。舟越桂のクラシックなスタイルの版画として人気の作品です。

まとめ

舟越桂の作品は80年代から現在にかけて一貫して胸像彫刻であり、肖像的な仕事からスフィンクスシリーズのようなシュレアルな作品にかけてそのフォルムを変化させることなく継続して同様の型の作品を制作し続けています。

現代アートのシーンにおいてこのような堅実な作家は絶えてきており、最新のテクノロジーやコピー技術を使った彫刻作品や、彫刻や絵画などのジャンルを超越した作品も目立ちます。

そのなかで、舟越桂は近代から続く具象的な彫刻を引き継ぐ存在。変化し続ける現代アートと舟越桂の安定した彫刻は保守的であるともいえますが、新しい作品が現れては消えていく現代には、精神的支柱として舟越桂のような「変わらない作家」の必要性もあるかもしれません。

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