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日本を代表する現代画家、奈良美智。その作品の人気は国内にとどまらず、海外の愛好家やコレクターも多く存在し、美術館や画廊で開催される個展はつねに大盛況を博します。
奈良美智の作品のなかでも最も知られ、また人気なのが女の子をモデルにした絵画。その睨みつけるようなアナーキーな視線であったり、遠くを見つめる静かな表情は世界中のファンを魅了し続けています。
今回の記事では、そんな奈良美智のアートのなかでも女の子をモチーフとした絵について紐解いていきましょう。
目次
現代作家・奈良美智はなぜ「女の子」を描くのか
奈良美智(Nara Yoshitomo)は1959年青森県弘前市に生まれました。1985年に愛知県立芸術大学をの修士課程を修了し、1988年にドイツ国立デュッセルドルフ芸術アカデミーに入学するなど、国際的な学歴をもっています。アカデミー卒業以降、2000年までドイツのアトリエを拠点に制作を続けました。
(右:奈良美智)
奈良美智は90年代の初期のころより女の子をモチーフとした作品を作り続けています。2000年以降、日本に帰国してからは、彫刻や陶芸作品など立体メディアでの表現も多くなりましたが、そのモチーフには依然として女の子が現れてきます。
かわいらしく、イノセントでもどこか悪魔的な女の子は年代によってわずかに様相を変えますが、決してこちらに向かってニッコリ微笑むことはありません。一貫して「大人には決して頼らない」といったような、反抗的とまでいえるような女の子の姿は、きっと誰もが自分の心と重ねているからこそ、奈良美智の女の子の絵は人気が高いのでしょう。
初期の奈良美智のドイツ時代の絵画やドローイングは、さながら子供の落書きのような様子あり、そのスタイルは現在も継続しています。戦後抽象絵画の影響を受けつつ、ハイ・アートとロー・アート(高尚なアカデミック芸術と市民の芸術)を統合し、ヨーロッパやアメリカにおける知識階級のアートの中心的な世界だけでなく、一般市民の誰もが共感する優しいイメージをもっているからこそ、世界中の人が熱中するアートとなっているのです。
ただ、奈良美智の作品はどちらかというとハイ・アートではなく、限りなくロー・アート寄り。子供が退屈な授業の間に描く落書きのような絵画でも、奈良美智にしか描くことのできない女の子の絵は、それらを美術館やデパートのポスターデザインなどで見て育った現代の若手美術作家にも多大な影響を与えています。
奈良美智が作品制作において受けている影響といえば、まず目立つのは洋楽をメインとしたロック・ミュージック。アメリカのヒッピーカルチャーを汲んだ音楽の「ラブ・アンド・ピース」の精神は、たびたび女の子の絵とともに現れます。
ところで、なぜ奈良美智は女の子の絵を描くのでしょうか。奈良美智が描く女の子は全て、性的な象徴はなく、中性的な出で立ちですが、男の子ではなく主に「少女」がモチーフです。まるで女の子を「聖なる」象徴に仕立てるような奈良美智の作品ですが、少女を無垢な存在、あるいは現実の女の子ではなく「空想上、理想の少女」として作り上げているのは、実は奈良美智だけではありません。
「少女像」を描く日本人の画家たち
1990年代、「ネオ・ポップ」という傾向で呼ばれたアーティストたちがいました。漫画やアニメなどサブカルチャーのキャラクターイメージを用いてアートを手がける作風は、奈良美智をはじめ村上隆など、同年代の作家たちの作品にみられます。
同様の傾向に会田誠が挙げられ、日本で最も有名な現代美術家である奈良美智、村上隆、会田誠らは、主にサブカルにおける「少女」のイメージを多用することでも知られます。
これらのように、ネオ・ポップの世代を中心とした日本の作家は女の子をモチーフとした作品を多く手がけていますが、その影響源の一つとして、フランスの画家バルテュスをあげることができます。
猫と少女 1937 バルテュス(Balthus)
https://www.wikiart.org/en/balthus/girl-and-cat-1937
ピカソをして「20世紀最後の巨匠」と言わしめた画家、バルテュスは、自身のことをキリスト教の宗教画家であると語りましたが、描くモチーフはミステリアスな少女像ばかりでした。大人でも子供でもない、思春期の発展途上にある少女の存在に聖なるイメージを見出し、シュールで不思議な絵画を手がけた作家です。
バルテュスがした、「少女を聖なるものの象徴にする」ような方法は、ネオ・ポップをはじめとした作家たちに大きな影響を与えています。ただ、バルテュスが否定するもののその絵画はややいたずらに性的であると見なされることがあり、会田誠や村上隆が表現する少女のイメージにも性的な表現が現れることが多くみられます。
しかし、奈良美智に限っては、描く女の子の姿に決して性的魅力を取り入れることはありません。だからこそ、老若男女すべての人に受け入れられているのです。
ネオ・ポップの世代が描く女の子のイメージは一貫して「空想上」の、もっといえば男性が理想とするイノセントな女性像ですが、奈良美智が描く女の子は最も中性的で無垢な少女たちです。もはや性別を超えた存在ともいえ、あるいは「女の子」の姿を借りた概念的な「無垢、平和、自由」の象徴だといえるでしょう。
奈良美智の人気の女の子のイラスト・絵画
ここで、奈良美智の女の子のモチーフのなかでも人気の作品を、80年代から現在にかけて紹介していきます。
80年代《Juicy Fruit by Yoshitomo Nara, 1988》
http://www.artnet.com/artists/yoshitomo-nara/juicy-fruit-c8HAi_NK8jprPWpa8x2Ong2
こちらは1988年制作のドローイングであり、ドイツに渡った当初に描いたものと思われます。
80年代の奈良美智の作品がみられるのは、今では稀なこと。奈良美智のトレードマークともいえるあのデフォルメされた「女の子」のイメージが出来上がるのは90年代以降で、この絵のようなトガッた感じの女性の人物や、より不特定の子供の落書きに近い絵は80年代までの作品によく目立ちます。
ただ、たびたび奈良美智のドローイングには雑誌やノートなど、プリントされたものの上に描いた作品やコラージュ作品がみられますが、このドローイングも外国のお菓子のラベルがコラージュされています。奈良美智は初期作品から現在まで、印刷物とドローイングをコラージュする手法、そして女の子をモチーフにした落書きのような描き方を継続しているのです。
90年代前半《MUMPS by Yoshitomo Nara, 1993 》
http://www.artnet.com/artists/yoshitomo-nara/juicy-fruit-c8HAi_NK8jprPWpa8x2Ong2
奈良美智の描く象徴的なデフォルメされた女の子のイメージは、90年代から確立します。ジトッと睨め付けるような不機嫌な表情、反抗的な女の子のイメージは奈良美智のトレードマークです。
「MUNPS」とは、「おたふく風邪」の意味。ほっぺたが腫れて、顔を冷やしている「おなじみの」女の子で、奈良美智お気に入りのモチーフですが、この絵からは別のイメージも推測することができます。
女の子のモチーフは奈良美智自身に似てる?
http://www.artnet.com/artists/yoshitomo-nara/juicy-fruit-c8HAi_NK8jprPWpa8x2Ong2
こちらの写真作品は1997年のもの。奈良美智自身の画像ではなく、外国人の男の子のセルフィーですが、この作品のタイトルは《LITTLE MICHI》。
「MICHI」。どこかで聞いたことがある響きではないでしょうか。そう、奈良美智の名前「美智」は「ミチ」とも読めますね。奈良美智は、この偶然撮れたような写真に自分の幼い姿を重ねているのです。
おかっぱの髪型は、奈良美智の描く女の子にも似ています。もしかすると、奈良美智が描く女の子は、奈良美智自身の自画像でもあるのかもしれません。
アーティストが作品に個人的な要素を取り入れることは、アカデミックなハイアートの世界ではタブー視する偉人も多いですが、アーティストは「NOBODY」ではなく個人であり、自身の見たもの、聞いたもの、感じたものごとが作品に現れるのは当然のことなのです。
90年代後半《SLASH WITH A KNIFE by Yoshitomo Nara, 1998》
http://www.artnet.com/artists/yoshitomo-nara/juicy-fruit-c8HAi_NK8jprPWpa8x2Ong2
90年代後半くらいから、奈良美智の女の子(あるいは中性的な子供)の絵の表情はこの睨みつけるような顔でよく現れるようになります。
画材にアクリル絵の具や色鉛筆、クレヨンなどをよく用いますが、この年代前後の絵では色彩豊かで細やかな描写のものが多くなります。
「ナイフを持った女の子」のモチーフは奈良美智の作品にとても多く、奈良美智のロックの精神からくるであろう、アナーキズムが見え隠れしています。基本的に「ラブアンドピース」な作品が多いものの、たまに政治に言及したようなドローイングがあるのも、奈良美智の作品の中で必見のポイントです。
2000年代《Guitar Girl by Yoshitomo Nara, 2003》
http://www.artnet.com/artists/yoshitomo-nara/juicy-fruit-c8HAi_NK8jprPWpa8x2Ong2
2000年代から、奈良美智のドローイングは黒の線描に多色刷りの版画作品が多く見られるようになります。
これまでの作品と比べよりアイコニックな印象であり、星などの記号やローマ字の文章、楽器を持った女の子のイメージがあふれ、より作品数も多い年代だといえるでしょう。
アメリカ、ニューヨークで起こった同時多発テロの影響下、世界中のアーティストが平和を祈りながら作品を手がけていた時代であり、奈良美智の描く女の子も、何かを訴えかけるような佇まいが感じられます。
2010年から《ADIEU FILLE D’AUTOMNE by Yoshitomo Nara, 2014》
http://www.artnet.com/artists/yoshitomo-nara/juicy-fruit-c8HAi_NK8jprPWpa8x2Ong2
2010年にはいり、奈良美智の絵は2000年代の版画作品を継続しつつも、90年代の絵に回帰するような一点ものの絵画のスタイルもよく見られるようになります。
このアクリル画のように、大きい画面に女の子が静かに佇んでいる肖像画のようなスタイルは、近年の奈良美智の作品で最も代表的で人気のあるもの。青森県率美術家で2012年に開催された個展「奈良美智:君や僕にちょっと似ている」でも目にした人は多いでしょう。
奈良美智の作品に出会える東京の美術館
奈良美智が描く女の子の絵を見るには、ギャラリーや画廊で開かれる個展以外にも、奈良美智のアート作品が常設展示されている美術館が日本国内にいくつかあります。
それも東京都内だけではなく、東西南北に拡散しているので、国内に居住していればいつでも地元から近い美術館に奈良美智の作品を見に行くことができるでしょう。国内で奈良美智の作品を常設で展示している美術館をご紹介します。
青森県立美術館(青森県)
奈良美智の生地である青森県弘前市の青森県立美術館は、あるところで「奈良美智オフィシャル美術館」のような立ち位置。巨大彫刻「あおもり犬」だけでなく、女の子のモチーフを含んだ170点を超える奈良美智の作品を見ることができます。
原美術館(東京都)
原美術館は旧邸宅を改築して美術館にした、現代アートを扱う静かで美しい東京都内の美術館。奈良美智の個展も開催され、また奈良美智のアトリエを再現したようなスペースが常設展示されている人気のスポットです。東京都に居住している人は必見の美術館ですが、惜しまれながら2020年12月に閉館予定です。
N’s YARD(栃木県)
N’s YARDは、奈良美智の制作拠点のような所でもあり、未発表の作品や奈良美智が大切に保管しているコレクション作品も展示されています。たびたび奈良美智自身が個展も開催しているので、ファン必見の貴重な場所といえるでしょう。
金沢21世紀美術館(石川県)
2006年に開催された個展「奈良美智展:Moonlight Serenade- 月夜曲」で公開された作品がコレクションされています。常設ではありませんが、今後コレクション展が開催されるときには奈良美智の作品も展示される可能性があるので、要チェックの美術館です。
まとめ
奈良美智の女の子をモチーフとした作品は世界中で非常に人気を集めており、サザビーズなど有名オークションでは数億という価格がつくことも。奈良美智の個展や作品を扱いたがるギャラリーや画廊は多く、これからも価格が上昇していくだろうと言われているため、作品やグッズを購入するならいまこのときに、がおすすめ。
また、2019年には奈良美智公式グッズのオンラインショップがオープンし、とても良心的な価格でマグカップやぬいぐるみ、ポスターなどの商品が販売されるようになったため、それまで市場に溢れていた贋作や違法コピーのグッズを思いがけず買わずに済むようになっています。
今後、奈良美智の作品、そして女の子のイメージがどのように変化していくのか、またこれまでも変わらない無垢な絵と出会うためにも、展覧会情報はいつでも見逃さないようにチェックしておきましょう。