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新宅睦仁は美術大学を卒業したのち調理師の専門学校に通い調理師免許を習得するという異色の経歴を持ち、「食」についてをテーマにしてアートを手がけるユニークな美術作家です。
またブログやエッセイを手がけていることでも知られ、現在はアメリカ・ロサンゼルスで活動する現代アーティスト、新宅睦仁の経歴と作品について追っていきます。
“食”を思考するアーティスト、新宅睦仁
新宅睦仁(Shintaku Tomoni)は1982年広島県生まれ。2005年まで九州産業大学芸術学部で美術を学び、卒業後しばらくしてから専門学校にて調理師の勉強をし、2013に卒業・調理師免許を獲得しました。
美術・そして調理について学んだ経験から、新宅睦仁はひたすら人の「食べ物」をキャンバスに描くという、やや異色な現代アーティスト。
これまで、東京をメインに個展やグループ展を開催し、アメリカに移住したのち現在はロサンゼルスを拠点に活動を続けています。
新宅睦仁が近年参加した展覧会は、2017年に東京上野の森美術館にて「UMU-Q 九州産業大学芸術学部優秀作品展」、2018年にシンガポールのアートフェア「Affodable Art Fair」、個展「COLOUR ME WELL」、2019年には東京都代官山のグループ展「アート解放区代官山」など、国内外で活躍。
公募展にも2001年から2018年にかけて多数の入賞歴を持ち、また2019年にはイギリスのアートマガジン「Murze(Murze Issue Six)」に掲載されるなど、新宅睦仁の現代アーティストとしての活躍が垣間みられます。
また、アート販売で有名な通販サイトである「ギャラリー タグボート」では新宅睦仁の絵画作品の取り扱い、そしてインタビューも掲載。
タグボートは油絵や版画をはじめとした平面作品の取り扱いが主であり、インテリアのように一般的な部屋に置くためにアートを購入するという動向を意識した、設置方法の簡単な作品が多くみられます。
新宅睦仁の作品一覧も、一見鮮やかでポップな「入りやすい」アートとしてみられますが、そのコンセプトには鋭い社会風刺を含む、皮肉な内容が込められています。
コンセプトだけ見ると、新宅睦仁の絵はとても「おしゃれなインテリア」として気軽に飾ることができないような作品に思えますが、それを「社会アート」としてみた時には、ただの「食べ物の絵」以上の価値があることは確かでしょう。
アメリカ生活についてのブログ・エッセイ
新宅睦仁は、2007年からエッセイや現代美術を語るブログを執筆しています。
このように長い期間エッセイを書き溜めている作家は稀であり、現代アートを手がけている作家が、アートについて語るのではなく、どんな考え方でどんなふうに日常を暮らしているのかを覗くことができる貴重な機会です。
新宅睦仁のブログの記事のエッセイの中でも特に興味深いのは、2019年以降のアメリカ生活に関する記事。新宅睦仁は現在アメリカのカリフォルニアで暮らしており、その地での生活の様子をエッセイに記しています。
「日本の現代アーティストがアメリカで暮らしはじめる」というだけでも興味深い内容ですが、「人種のるつぼ」であり、銃社会でもあるアメリカの、明らかに日本とは違う空気感や人々の暮らしの様子が細かに語られています。
「現代アーティスト」がどんな毎日を過ごしているのか、その暮らしぶりは人それぞれですが、「海外在住の現代作家」の生活が気になったときには、新宅睦仁のブログを覗いてみるといいでしょう。ブログには個展など展覧会の情報もアップされるので、新宅睦仁の作品も気になっているときにはより都合が良いのではないでしょうか。
新宅睦仁の作品
新宅睦仁の絵画やインスタレーション作品は、カップヌードルやコンビニ弁当など人々にとって身近な食べ物を用い、社会問題や現代の人々を風刺しています。
絵画はそれぞれシリーズとして展開しており、そのコンセプトに沿って複数の作品が制作されます。ここから、新宅睦仁のアート作品についてシリーズごとにご紹介していきます。
Japanize!
制作年 | 2015年 |
素材 | パネルにモンバル紙、水彩 |
サイズ | 26cm × 39cm(各) |
新宅睦仁の作品は、「食」というフィルターを通し、現代社会における問題や民族意識について問いかけるもの。特に、この《Japanize!》のシリーズでは、日本人の「島国根性」的まなざしを表現しています。
あらゆる国の食事を日本の国旗である日の丸の中心に据えた絵画ですが、新宅睦仁はこの作品を描く際、実際の食事を丸型に押し込めて写真を撮影し、目視できる媒体によって具体的な食べ物の様子を描写しました。
この絵画はグローバル化した現代日本社会において、日本人の宗教観や自他の国家、民族に対する意識の低さ、また日本人のもつ頑固な独断と偏見と先入観=「島国根性」に対する言及であり、新宅睦仁のある意味ジャーナリスト的な意向をうかがえる作品。
海外の食事を日本の国旗の比率に配置することで、他の文化に迎合しつつも排他的な性質を持った日本人的な目線による、異国文化の「日本化(Japanize)」の様子を視覚化しています。
Apple
制作年 | 2019年〜 |
素材 | キャンバスにアクリル |
サイズ | 35.5cm × 45.5cm(各) |
現代美術作家でありながら調理師免許を取得している新宅睦仁ですが、多くの場合は描く食べ物をまず実際に作ることからはじめることが特徴。
一点一点の作品からは「食」についての概念に対する理解の深さを感じられます。
また、2019年以降に制作されたこの《Apple》シリーズからは、リンゴの芯をくり抜くための特殊な器具を使用するなどの調理師ならではのアクション、そして新宅睦仁の美術家としての正確なデッサンの実力がうかがえます。
このシリーズのコンセプトは、世界各国で論争の続く人工中絶に関する話題。キャンバスに描かれたリンゴは、旧約聖書のアダムとイヴが口にした「知恵の実」を象徴しており、新宅睦仁がこの絵画を通して中絶に関する論争が一段と厳しいキリスト教圏へ問題意識の目線を向けているとわかります。
新宅睦仁はこの問題に関する個人的な意見を述べておらず、あくまでも問題意識を取り上げた美術作品として制作されました。現代アートを通して、「人類における中絶という行為」について考えさせるという社会芸術的表現の一つです。
BENTO
制作年 | 2016〜2018年 |
素材 | キャンバスにアクリル |
サイズ | 2016年: 33cm × 45cm,2017年以降:35.5 × 45.5(各) |
「弁当」は日本の伝統的な食文化ですが、コンパクトに携帯可能なエコで経済的な食事として、「BENTO」文化は現代において世界的に有名。
新宅睦仁は、この「BENTO」文化にあるミニマリズムを見出しました。「圧縮された食事」である弁当を新宅睦仁自らが作り、食べるという一連の流れを絵画に表現しています。
新宅睦仁は弁当を「完成された食形態のひとつ」と捉えます。ひとつの弁当箱に、栄養や見栄え、必要な量の考慮された食事が無駄なく詰められている様子から、「ミニマルな生き方」の提示を試みています。
誰しもが、この美術作品を見た最初の感想として「美味しそう」と思うことでしょう。新宅睦仁の美術の腕前に、調理師としての料理の腕前の見事さも見てとれる作品です。
ちなみに、この美術作品において新宅睦仁がいう「ミニマル」とは現代美術における「ミニマルアート」の類ではなく、より私たちの生活に身近な流行である「ミニマリスト(持たない暮らし)」のことです。
謎肉
制作年 | 2017年〜2018年 |
素材 | キャンバスにアクリル |
サイズ | 30cm × 30cm 〜 |
この《謎肉(Mystery Meat)》というシリーズは、新宅睦仁の美術作品の中でもポップな見た目のもの。
カラフルでおしゃれな壁紙のようなパターンですが、描かれた動物の形をよく見てみると、ミンチ肉の型取りであることがわかるでしょう。
この作品のコンセプトは、現代における「食肉」に関する問題意識。人類は古くから狩猟や畜産により、動物の肉から栄養を得ていました。一説によると、肉を食べたからこそ人類は進化した、という研究もあります。
しかし、「生き延びるための肉」が現代社会において必ずしも必要でなくなったいま、アメリカのセレブリティをはじめとして「ビーガン(完全菜食主義)」の文化が非常に流行しています。
また、それに伴い過激な動物愛護団体からは、主にアジア圏で伝統的なクジラやイルカ漁などといった食文化を強く批判する動きも見られます。
それらは主に、命ある動物を食べることを「野蛮である」として批判する動きですが、「食肉全体をタブー視するならば、国外の文化よりも自国の畜産業がまず批判されるべきである」などの反対意見もあり、食肉はアメリカなど現代の先進国においてとてもセンシティブな話題。
新宅睦仁は、《謎肉》シリーズによりその食肉文化を芸術表現に落とし込みました。犬やイルカ、豚など、現代にかけてタブー視されてきた動物のクッキー型でミンチ肉を形成し、調理して絵画に描いた美術作品です。
この絵からは、描かれたミンチ肉がなんの肉かはわかりません。ただし、型抜きされた動物の形の明確なイメージが脳裏に残ります。
それらを「謎の肉」として置き換え、各年のトレンドカラーを背景にあしらうことにより、時事的な要素も加えています。
ONE BITE CHALLENGE
制作年 | 2019年〜 |
素材 | キャンバスにアクリル |
サイズ | 30cm × 30cm(各) |
2019年にロサンゼルスに移住して以降、新宅睦仁は《ONE BITE CHALLENGE》というシリーズ作品の企画を開始しました。
このシリーズは、ロサンゼルスに住むホームレスとひとつのハンバーガーを一口ずつ分け合い、その食べかけのハンバーガーを描き、ホームレスのサインをあしらうというもの。
鮮やかな背景のカラーは、そのホームレスの人が選んだ好きな色を配色しています。
現代のアメリカは多くの社会問題を抱えていますが、特に「ホームレス大国」といわれるほどホームレスの数が多く、現在全米で56万人を超え、毎年数千人が住む家を失ってます。
アメリカでは、ホームレスが商店街の道を歩く人々や交差点で信号待ちをしている車に、「HELP(助けて)」と描かれたダンボールを掲げながら物乞いをしている光景は日常茶飯事。
ホームレスとなる原因は失業などによる生活費の喪失ですが、その理由には薬物依存などの背景があることもあり、多くの人々は「ホームレスにお金をあげるとそのお金で麻薬を買うから、彼らのためにも下手にお金をあげない方がいい」といい、彼らをあしらいます。
このように、一般的な人々、および社会とホームレスの人々との間には厚い壁があり、外で暮らす彼らの伝染病のリスクなどを恐れて普通の人は決してホームレスに近寄りません。
しかし、新宅睦仁はそのような障壁を乗り越え、彼らとコンタクトを測りました。
ひとつのハンバーガーを、新宅睦仁はホームレスとひと口ずつ分け合うことで、彼らと状況を共有し、彼らに理解を示して受け入れるという「アクション」を行い、その記録として絵画作品として残す試みです。
よって、この《ONE BITE CHALLENGE》という作品は単なる平面作品ではなく、パフォーマンスアートでもあるのです。
このソーシャルエンゲージド・アート(社会芸術)を手がけたアーティストとして、新宅睦仁はまず「アーティストとして」よりも「一人の人間として」現代に生きる自分が目にする問題を、ひたむきに見つめることのできる作家であるといえるでしょう。
まとめ
新宅睦仁はその美術作品において、社会問題に言及しますが、多くの場合は自身の意見を述べるのではなく、あくまでもその「問題提起」のみ表現しています。
美術家でもあり調理師でもある新宅睦仁は、またエッセイストでもあり、時事的な現代社会の問題に対して常に正面から向き合い、一般的には触れにくい話題にもひたむきに取り組みます。
現在、新宅睦仁は社会問題の溢れる先進国であるアメリカに在住していることもあり、注目すべき話題が常に身の回りにあることでしょう。
新宅睦仁の個展など展覧会はアメリカをはじめ日本でも開催されます。また、ブログには展覧会情報やエッセイ、新宅睦仁の美術に対する意見や現代社会に対する問題意識、また日常の様子が細やかに綴られています。
美術作家として言葉による言及が多いということは案外まれであるため、ブログも含め新宅睦仁の今後の活躍が期待されます。
まず、新宅睦仁について気になったときには、まずホームページを訪れてみるといいでしょう。
記事内の写真は全て公式HPから。
新宅睦仁さんに確認してから使用しています。