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江戸時代の風俗文化をベースに創作した少女たちの姿を描く、山口藍というアーティスト。
山口藍はその作品に和歌などの日本文化を取り入れ、また毛布を綿で包んだ「ふとんキャンバス」や貝殻、陶器など、一風変わった支持体を用い、日本的な美術工芸を独自に解釈しながら、耽美な少女たちの世界を描きます。
ここで山口藍の作品世界を中心に、日本のアートと「少女像」の関係についてお話ししましょう。
目次
山口藍というアーティスト
山口藍(やまぐち あい)は1977年、東京都出身のアーティスト。1995年に女子美術大学芸術学部工芸科にてテキスタイルを学び、毛布や貝殻、和紙、陶磁器など様々な支持体を用いて絵画制作をしています。現在はミヅマアートギャラリーの所属作家として、数年に一度個展を開催しています。
山口藍の描く絵画は、江戸時代の風俗文化に根付いたもの。「茶屋の遊女」の世界観に基づき創作した、遊女として暮らす幼い少女たちを描いています。伝統的な日本画らしい描写と、会田誠や村上隆の作品にあるような現代のサブカルチャー文化の「少女像」を組み合わせた作品といえるでしょう。
山口藍の表現に特徴的なのは、絵画の描かれる独自の「支持体」と日本画に見られる図像を用いた、日本のイラストレーションや漫画にも通じるアイコニックな表現です。
絵画における「支持体」とは、通常は紙やキャンバスなど、絵を描く基礎になる部分のこと。山口藍は、自身の平面表現の支持体に毛布を用いた独自の「ふとんキャンバス」や、他に唐木や陶版などあらゆる素材を使うことで、ただの絵画としての価値というよりも、美術工芸品としての側面を強く打ち出していることが特徴的です。
また、山口藍が描くのは日本の文化に基づいたもの。江戸時代の遊女をモデルとし、独自のエロティシズムを感じさせる耽美な少女像がその作品のもうひとつの特徴ですが、少女たちの肢体は成熟した女性の性的な様子は見られません。
山口藍の描く「遊女」とは性風俗の女性ですが、描く少女たちを性的に消費する対象として表現するのではなく、少年か少女か区別のつかないようなイノセントな「美」、ただひたすらにその儚い美しさを表すことに注力しています。
山口藍は「ただひたすら美しいと感じられるものが作りたい」という、真摯な想いから作品制作をしており、その作品は西洋基準のコンテンポラリーアートに迎合するのではなく、日本に古来から根付いていた工芸的な文化に選り分けられます。
また、山口藍の他の活動としては1995年に山口藍と作家の林真吾、新田優子の3人で結成された「ニニュワークス」という個人的なユニットによるアーティスト活動の個展などが挙げられます。
江戸時代の風俗文化とは
山口藍がその作品世界に取り上げる江戸時代の風俗文化の中でも、特に「遊女」の文化についていまいちど知ることで、より山口藍の作品鑑賞が深いものとなるでしょう。
まず江戸時代の「遊女」とはいわゆる売春婦のことであり、「客を遊ばせる女」という意味の語です。その種類の違い、または平安時代から時を追って「女郎」「太夫」「傾城」「夜鷹」などと呼称が変わることもあります。しかし、現代の一般的な性風俗と異なり、踊りや三味線などの「芸事」でお座敷を賑わせることが前提としてありました。
遊女になるのは地方の農村など貧しい地域から売られて来た少女たちが多く、その中でも美しいく聡明な少女だけが遊女となることができました。遊郭の遊女というのは、その時代の売春婦の中でも地域が高く、先輩の遊女から芸事などを教わり、一人前になったら客をとります。
また遊女のなかでも位があり、最上位の遊女から太夫、格子太夫、格子。そして、まだ客をとらない見習いの15才以下の禿(かむろ)、そして禿の中でも
将来的に太夫クラスの遊女となれることを見込まれた「引き込み禿」と、太夫の身の回りに控えて太夫から直接遊女の技を学ぶ「振袖新造」、また引き込み禿になれなかった「留袖新造」と呼ばれる少女がいました。
山口藍が描く遊女の少女たちはおそらくその禿や新造たちであると考えることができます。たとえば2000年に制作された《江戸へ》では、留袖を着た少女が振袖を着た少女の支度をしている様子が描かれ、上記のような風俗文化を捉えるとしたら彼女たちは「留袖新造」と「振袖新造」であることがわかります。
山口藍の描く少女たちは、画面を見つめる私たちに笑いかけたり、愛想を振りまくようなことをせず、むしろこちらを睨みつけるように目線を投げかけます。ただいたずらに消費される少女像ではなく、触れてはいけない、「籠の中の鳥」である理想化させた少女の美を表現しているのです。
山口藍の作品
山口藍の作品は、毛布を用いた「ふとんキャンバス」など柔らかい素材を使用するほか、2018年にミヅマアートギャラリーで開催された個展「今と古ゝに」のように、古今和歌集の歌が描かれた壁面に版画やドローイングを展示するなどといったインスタレーションもみられます。
様々な日本的表現を模索する山口藍に代表的な「ふとんキャンバス」の作品をはじめとし、貝殻や唐木に描く表現をひとつずつ紹介しましょう。
したぎえにきえる花
2012年制作の《したぎえにきえる花》は、山口藍の代表的な支持体である「ふとんキャンバス」にアクリル絵の具で少女が描かれています。
エンボス加工で日本の着物にあるような伝統的な柄を押した「ふとんキャンバス」は、パネルと毛布を綿布で包んで作られ、遊女である少女たちの絵を柔らかく受け止めています。
まるでこのうたた寝する少女のいっときの平穏を切り取ったような絵画で、山口藍の作り上げる新たな「美人画」の魅力が断片的でも伝わる作品です。
月はかくれた
こちらは2011年から2012年にかけて制作された作品。
山口藍独特の「ふとんキャンバス」の手法で、なおかつ支持体を少女のかたちに合わせてパズルのピースのように分割したユニークな絵画です。
裸体に腰履きを纏った禿たちの日常的なシーンを切り取ったようなイメージで、洛中洛外図のような風俗屏風絵の一片のような様子ですが、分割されたキャンバスや色彩の効果によって、サイケデリックな現代デザインのようでもあります。
少女たちは皆うつむいた目線で、誰ひとり正面、つまり鑑賞者であるこちら側を見てはいません。この山口藍の理想的な美しい少女たちの世界だけで完結していて、誰もそこに入る余地のない、完璧な世界が描かれているかのようです。
あなたの歌
この作品は山口藍が2018年に制作し、個展「今と古ゝに」にて展示されたもの。少女の構図に合わせて形成した「ブビンガ」という木にアクリル絵の具で描かれています。
「ブビンガ」とは熱帯アフリカの広葉樹であり、地元の原住民は神の宿る木として大切に崇められいるといいます。山口藍はたびたびカリンや唐木を支持体とすることがありますが、それらの硬い木材は仏壇や飾り台として日本家屋に馴染み深いものです。
木の木目に沿って描かれた、少女の髪からたちのぼる煙のような模様は、どこか幽霊のようなおぼろなイメージを連想させます。より工芸品としての存在感の強い作品です。
ひま
《ひま》は2007年制作の、山口藍の作品の中でも小さなものになります。
江戸時代以前のアンティークの布地で、茶道具や屏風に使われる貴重な日本の古裂(こぎれ)を花のかたちにあつらえた一対の台座にそれぞれ、はまぐりの貝殻にアクリル絵の具で描かれた小さな絵が鎮座している作品。
貝殻の内側に日本画を描いたものは、平安時代から伝わる「貝合わせ」という貴族の遊びに由来します。貝合わせとは360個という貝殻を並べて、対になる絵柄の貝殻を見つけるという神経衰弱のようなもので、他にも貝殻の色合いの美しさや形の珍しさ、描かれた絵から短歌を読むなど、平安貴族らしい雅な遊びです。
つまりこの二つの貝殻に描かれる絵はお互いに呼応する一対の作品であり、退屈そうに寝そべっている少女たちだけの閉じられた世界であるということを受け止めることができます。
ひまの作品画像はこちら
よろこび – 春
《よろこび》は2011年に制作された山口藍のシリーズ作品であり、銅版画の技法を使って制作されたものです。
エッチングやアクアチントといった版画技法を使い分け、少女の造形や髪の柔らかな描写がなされており、山口藍の描き出す美しい少女に対する情念が伝わってきます。
これらは春夏秋冬の4つの季節それぞれのよろこびをテーマに2点づつ制作された、山口藍による8点連作の版画作品であり、アール・ヌーヴォーの巨匠であるアルフォンス・ミュシャの作品《四季》のようにそれぞれの季節の花が描かれています。
銅版画やリトグラフなどの版画作品には「エディション」という制作部数があり、この山口藍の版画の連作は一点につき50部の限定部数となっています。現在、この《よろこび》のシリーズはWALLS TOKYOというオンラインギャラリーでも販売されています。
よろこび – 春の作品画像はこちら
なぜ日本のアーティストは「少女」を描くのか
山口藍、そして日本の現代アートを代表する会田誠、村上隆、奈良美智など、多くの日本のアーティストはその作品のモチーフにたびたび「少女」の像を登場させます。
時には、過剰なエロティシズムを含んだロリータコンプレックスの性的な作品もありますが、山口藍の作品のような非性的な少女のイメージの清廉な魅力は、なぜか誰もが夢中になってしまうもの。
そして、それらの少女たちは人格を持った実在の少女をモデルとしているのではなく、空想における「理想化された少女像」のオリジナルのイメージを用いており、「アイコン」もしくは「偶像」としての少女で、身近な存在とはかけ離れた存在です。
山口藍のような日本人のアーティストの追いかける理想的な「少女像」の根源には、バルテュスという画家の存在が大きな影響を与えていると考えられます。会田誠が特に憧憬を抱いた画家ですが、バルテュスは自身を「宗教画家である」というアイデンティティーを持ちながら、少女をモチーフとして神秘的な絵画を描きました。
見る側にとっては「少女に対して構図がエロティックすぎる」と批判を浴びることの多かったバルテュスの絵画ですが、20世紀から21世紀の現在における日本の「美人画」の変遷に大きな影響を与えたことは確かです。
これらのような神聖視された「少女像」のイメージはある部分で「イノセンス」というアイコンとして扱われ、山口藍の禿たちという遊女未満の少女像も、日本現代アートに見られる穢れのない「少女信仰」のひとつといえるでしょう。
まとめ
山口藍の描く少女たちは、決してこちらに媚びることのない、決意を秘めたような厳しい表情をしています。
耽美で優雅でありながらも、まるでこれから遊女の厳しい世界に入っていかなければいけない見習いの少女たちに許された、いっときの時間…というアニメーション作品を切り取ったような山口藍の絵画は、ユニークですが切ない感情をもたらすでしょう。
「ふとんキャンバス」をはじめとした独特の支持体に描かれる、山口藍の創作する少女たちの世界はこれからどのように変化していくのでしょうか。今後の新作も期待されます。