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アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、世界中の情報にリアルタイムでアクセスし、行き来できるようになった現代。
グローバル化による恩恵があれば、当然その弊害もある。最近は新型コロナウィルスのパンデミック(世界的流行)によって、「ロックダウン」や「クラスター」などの言葉が飛び交い、どこの国の誰と話してもコロナ関連の話題一色になってしまった。
この先の見えない状況下で日々狭まっていく視野を広げ、コロナ後に向けて思考を巡らすには、炭鉱のカナリアのように敏感に時代を察知し、見えない何かを顕在化する事に長けたアーティストの作品に触れる事は、意義のあることだろう。
とはいっても、美術館やギャラリーの休館、国際芸術祭の延期やアートスペースの閉鎖が相次ぐ中で、どうやってアートを体験したらよいだろうか?
そこで紹介したいのが日本の電子音楽のパイオニアであり、音と映像がシンクロされたインスタレーション作品で知られるアーティストの池田亮司(RYOJI IKEDA)。
普段はなかなか気にすることのない膨大な電子データを音と光で再構成した池田亮司の作品は、鑑賞者の身体感覚に働きかけ、未知の体験をもたらす。
もちろん、作品は実際に体感するのが一番だが、世界の第一線で活躍し、パリと京都を拠点に活動する池田亮司の作品に触れられる機会はそんなに多くはない。
しかし、電子音楽家である池田亮司の音楽は、インターネットで簡単に入手ができる上に、池田亮司自身のHPやSNS上でも多くの作品の動画を公開しており、誰でも気軽にネット上で鑑賞することが可能だ。
目次
池田亮司のプロフィール。原点は電子音楽作曲家
池田亮司は1966年岐阜県出身。
1990年より音楽活動を開始し、1994年からは日本を代表するメディアアーティストグループ「ダムタイプ」の活動に作曲家として関わっている。
「ダムタイプ」は1984年に京都芸術大学の学生を中心に結成されたマルチメディア・パフォーマンス・アーティスト集団。
個々の専門性を持ったメンバーが独自の表現活動と平行しつつ、コラボレーションを行うヒエラルキーのない集団として注目された。
その活動はカリスマ的存在であった古橋悌二の没後も若いメンバーを加えて現在も継続されており、2020年2月まで東京都現代美術館で個展が展示開催されていたので、ご覧になった方々もいるだろう。
池田亮司は1955年以降、数多くのコンサート、サウンド・インスタレーション、そしてレコーディングを手掛け、超音波や周波数など一貫して音にこだわり抜いた制作を続けています。
そして音を基点にその関心は視覚や知覚へも拡張し、コンピュータとデジタルテクノロジーを駆使した池田亮司の作品は、時間や空間を超えてどこか未知の世界へ引き込むかのような独特な吸引力がある。
徹底した数学的精度と美学を通して音の本質と視覚化を追求した池田亮司の作品は、言葉で説明しようとすると複雑な数式や物理の知識など、どんどん難解になる側面があるが、実際は誰でも体感で楽しめる音と映像による没入型の作品が多いのも魅力の一つだ。
池田亮司の大型インスタレーション作品では、その作品の中を歩く人、走る人、踊りだす人、座る人、寝そべる人など、それぞれが思い思いに鑑賞をしている姿が印象的だ。
IKEDA RYOJIとして活動の舞台は世界へ
批評家から称賛されたアルバム「+/-」1996年、「0℃」1998年をスタートとして、池田亮司は国際的な評価も高い。
オーストリアのリンツで開催されている世界的なメディアアートの祭典、アルス・エレクトロニカで2001年にデジタル音楽部門でGolden Nica賞を受賞、2014年にはPrix Ars Electronica Collide@CERN Artists Residency賞を受賞。
そして2011年にはニューヨーク市最大級の巨大な歴史的建造物であるパーク・アベニュー・アーモリー、2014年はカナダのモントリオール現代美術館、そして近年は2018年にヨーロッパ最大の近現代コレクションを誇るパリのポンピドゥ・センターなど、世界各国の主要な美術施設で池田亮司の個展が開催されている。
昨年のヴェネツィア・ビエンナーレの展示が記憶に新しい方もいるだろう。池田亮司は着実に国際舞台でキャリアを重ね、持続的に世界で活躍を続ける数少ない日本人作家の一人と言えます。
日本国内では、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]や山口情報芸術センター[YCAM]、そして東京都現代美術館等での個展やグループ展、さらに「あいちトリエンナーレ2010」や「堂島リバービエンナーレ2015」など国際美術展にも参加。
展示だけでなくライブやDJイベントなど、日本でも池田亮司の世界に触れるチャンスはあるので、興味ある方は池田亮司のSNSをフォローしておくのがお勧めだ。
データの海原に没入する
視覚メディアとサウンドメディアの領域を行き来しながら作品を創出している池田亮司。
それぞれの作品は、インスタレーション、ライブパフォーマンス、書籍、CDなど、その時の諸条件に応じて様々なメディアにアウトプットされながら、継続的に発展していく長期プロジェクトが多い。
例えば2000年から池田亮司は、電子音楽家で現代アーティストとして日本でも知られるカールステン・ニコライとコラボレーションし、音の視覚化にフォーカスしたリサーチプロジェクト「cyclo.」をスタートさせた。
またテキストや動画などあらゆるタイプのデータを二対のバーコードパターンに変換した作品「test pattern」は、2008年の発表当初は8つのモニターだけだったが、2011年に開催されたパーク・アベニュー・アーモリーの展示では、長さ30m、高さ15mにも及ぶ巨大インスタレーションとなり、さらに2014年には、世界でもっとも有名な観光名所の一つであるニューヨークのタイムズスクエアで、街中の屋外スクリーンを使った一大プロジェクトへと発展している。
そして同プロジェクトは、紙やアルミニウムを素材とした平面作品やCDも展開しており、コンピューターデバイスの性能の臨界点と人間の知覚の限界の関係性を巡る「test pattern」の思考は、とどまる所を知らない。もちろん作品の展開にとどまらず、その内容も面白い。
電子音とリンクし、もの凄い速度で明暗を繰り返しながら変化していく様は、インターネット上で観ているだけでも圧倒される。データの海原に引き込まれ、次第に時間の感覚が変容して異次元の境地に引き込まれるかのようだ。
一方で何か試されているような、得体の知れない恐れのような感覚も湧いてくる、底知れぬ奥行きをもった作品だ。
これらは「test pattern」に限らず、池田亮司の作品全般に通底する。徹底的な一貫性を持ちながらも、凝り固まることなく進化し続ける制作姿勢には目を見張るものがある。
蛇足だが、インスタレーションなど多様な素材や機器を使用し、展示場所ごとに形態が変化する事が多い現代アート作品はアーカイブの議論が活発化してきているが、池田亮司は作家個人ですでに単なる記録を超えた水準で、作品のアーカイブ化を実践している一人だろう。
多彩なコラボレーション開催
池田亮司は、すでに紹介した「ダムタイプ」のメンバーやカールステン・ニコライに加え、振付家のウィリアム・フォーサイス(フランクフルトバレエ団)や建築家の伊東豊雄など、世界の第一線で活躍する多様なジャンルのプロフェッショナルとコラボレーションを重ねている。
2017年にはスイスの打楽器アンサンブル「Eklekto」と組み、電子音楽から一転、電子音源や映像を使用しない完全アコースティックな新たな音楽プロジェクト「music for percussion」を始動。
そして2019年にパリ・オペラ座で現代美術家・杉本博司が演出を務めた公演では、音楽と空間演出を池田亮司が担当し、衣装担当でファッションデザイナーのリック・オウエンス、振付家のアレッシオ・シルベストリン、そしてオペラ座のバレエダンサーという豪華な面々と一つの舞台を作り上げています。
池田亮司の飽くなき音響と知覚への探求心
人間とテクノロジーの関係に焦点を当てた池田亮司の作品は、まさに現代のアートと言えます。
そして絶えず多様なジャンルの人々とコラボレーションして新たな表現を切り開き、ギリギリの臨界点に挑む池田亮司の作品は、この先の私たちのあり方を示唆するようにも思えてきます。
そしてその仕事は、次世代のアーティストにも影響を与え続けるでしょう。
ミニマムで洗練された表現でありながら、圧倒的な体験を鑑賞者に提供する作品は、大衆に迎合することなく、大衆を池田亮司の宇宙へと惹きこむ稀有な作家です。
予測不可能、飽くなき探求を続ける池田亮司から目が離せない。